もう十年ほど前のことだろうか…
もっと前になるのかな…
母と姉と妹と四人で旅行したときのこと。
歳をとって気がついたんだけど、わたしは記憶に少し難がある。
それは、妹と話していて気がついた。
むかしの話しを思いつくままにしているとき
「えっ?そんなことあったっけ?」
と、必ず言っているのがわたし。
だから十年前じゃなくて、もっとむかしのことだったかも…
父からの束縛が厳しかった母を解放してあげようと、姉が父を説得して旅行に連れ出していた。母が旅行に行きたいなんて言っても父は聞き入れない。
だけど、大人になって父のことを恐れなくなった娘たちの提案は聞いてくれた。
一年か二年に一回くらいだったかな。
気兼ねのないおんなばかりの旅はとても楽しかった。
行き先はどこでもよかった。母の笑顔が見れればよかったのだから。
そして
その旅行のお話。
高速を飛ばして、近くまで来ているはずの旅館をさがして右往左往。
「確か、この辺だよねー」
行ったり来たり。実は目の前まで来ていたのに見過ごしていた敷地何千坪もある由緒正しい老舗旅館。
「ここだ!ここだ!」
ようやく到着。ホッとして周りを見渡せば、
(さすが格式ある旅館は雰囲気が違うねー!)
玄関を入ると、照明も明るすぎず、目の前に伸びた廊下は遥か向こうまで黒光りしている。
仲居さんに案内されて歩く廊下は、右に曲がり、左に曲がり、階段を上がるとまた右へ曲がり左に曲がり…また更に何段か上に登り…
(迷路のよう。ひとりでは玄関まで戻れないな…)
(この距離を母がよく付いてこれたもんだ…)
と思うくらい歩いてようやく部屋に着いた。
遠かったけれど、これも老舗旅館の醍醐味か。
温かいお茶を飲んで、ひと風呂浴びて、部屋に運ばれたご馳走を前に
「おんなばかりの旅に乾杯!」
と上機嫌のわたしたち。
次の朝は、部屋から庭に降りて散策した。
母の手を引き、池の鯉を見たり花や木々を見てとりとめのない会話を楽しんだ。
おどける母を写真におさめて笑いあった。
四人でする旅は楽しかった。
今はわたしと妹と二人だけ。
お互いの健康をこころから願い
(ひとりぼっちにしないでね…)
と、胸の中で同じことを願う。
思い出の老舗旅館がニュースで騒がれている。
思い出に水をさされて、ちょっと残念な今日このごろ…