妹と母を整形外科に連れて行った。
いつもは妹が一人で引き受けてくれるのだけど、今日は検査がある。
認知症が進んだ今、一人で連れて行くのはなかなか厳しい。
大変ではあるけど、母に会える病院の付き添いは、心なごむ嬉しい時間でもある。
「先に受付してるから、お母さんとゆっくり来てね」
わたしだけ一足先に、玄関に向かう。
駐車場から病院の玄関までは十メートルくらい。母の手を引きながらだと、その短い距離も遠く感じる。土曜日ということもあり、待合室はなかなかの混雑ぶりだった。
受付のカウンターで、保険証を差し出しながら
「今日は薬と、レントゲン検査もあります」
「診察券出してください…」
「あっ、そうだった!」
あわてて、診察券を引っ張り出して差し出した。
「こちらに出すのではなく、そちらの箱に入れてください…」
たったそれだけのやり取り。
時間にすると十秒にも満たない。
ふっと、目を上げて受付の人を見た。
いつも受付にいる女の人ではなく、知らない顔だった。
(見れば分かるでしょ。いちいち言わせないでよ)
(待合室を見てご覧なさい。混雑してるのわからない?)
(これだから、年寄りは…)
まるでそんな言葉が聞こえてくるような気がする視線が、まっすぐわたしを見ていた。
周りの喧騒が一気に遠のいて手が止まった。
「すみません!」
あわてて、箱の中に診察券を入れた。
母の手を引く妹のところへ向かいながら、受付のカウンターを振り返った。
忙しくてイライラしていたのかな。
カウンターに置いてしまったことが、そんなに気に触ったのかな。
だからあんなに冷たい視線になるのかな。
そうではなくて、普段からそんな物言いをする人なのかな。
でも、もしも気に触ったのだったら、その感情がわたしに伝播したのだろう。
いい年してこんな些細なことに反応してしまうじぶんが情けない。
でもイライラしてことばがきつくなるのは、わたし自身も日常の中でやっていることだ。
なのにねー…
うかない表情のわたしに、玄関から入ってきた母が春風のような優しい表情で笑いかけた。