森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

文学少女が生まれた日

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幼いころから本には馴染んでいた。

本の虫になったのは中学一年生の時の、小さな出来事がきっかけだった。

 

その出来事というのは…

 

静かな放課後。十三歳のわたしがいる。

その日、図書室でドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいた。

ドストエフスキーに興味があったのかどうかは憶えていない。

 

1ページの中が上段と下段に分かれていて、小さな字がびっしり詰まった本だったから、

さぞかししかめっ面をしていたと思う。

 

「おー、難しい本を読んでるなー」

突然、背後から声をかけられた。

びっくりして振り向くと、国語を教えている若い男の先生だった。

 

 

そのころのわたしは、問題を出されて答えが分かっても、どうしても手を挙げることができない内気な子だった。

目立つことが苦手。視線があつまるとそれだけで固まってしまい、分かったはずの答えがアッという間にどこかに吹っ飛んでしまうのだ。

 

図書室はわたしが、一番ホッとする場所だった。

 

丸顔で黒縁眼鏡の先生が、にっこり笑いながらわたしを見ていた。

ふだん注目されることがないわたしを、ちゃんと見て話しかけてくれた先生!

とっさのことに、うなずくことしかできないわたしに笑顔を残したまま、先生は離れていった。

 

振り返って後ろ姿をじっと見送った。

 

それからです。

図書室の本は専門書以外は読むものがなくなってしまった!というくらい毎日通い詰めて、読み漁った。もう一度声をかけてもらいたかったのか、本の魅力にはまってしまったのかはわからない。

 

その後、先生がわたしの前に現れることはなかった。

 

だけど、本が日常の暮らしの中でしっかりと根づいたは、確かにその日の出来事がきっかけだった。

字を読むのが大好きな女の子の背中を、そっと押してくれた先生。

 

……先生はそのことを知らない。

素直に自分の気持ちを表せないわたしは、胸の奥に大切にしまったまま中学校を卒業したから。

 

先生!

何気なくかけてくださったその一言が、内気な女の子に元気と勇気を与えたことは想像もしていないでしょう?

でもね、思い出すたびに(何十年も経っているのに)胸の奥からフツフツと笑顔になるんですよー!