抗原検査はもう何回やったか憶えていない。
最初の頃は、鼻に突っ込む綿棒がくすぐったくてクシャミばかりしていた。
検査薬の中に綿棒を入れて鼻の中の粘液をしごき出すと、テストカセットにスポイドでポトリポトリと落としていく。
ピンクの線がゆっくり上がっていくのを食い入るように見つめる。
(陽性だったらどうしよう…)
怖いのに視線をはずすことができない。
何度やっても陽性とでることはなく、そのうちに平気でできるようになった。
さて、三日前のこと。
喉がイガイガする。声も出にくい。
もともと喉が弱いので、いつものことだなと思いながら抗原検査を始めた。
スポイドでポトリと落とした途端、見たことのない速さで上昇していくピンクの線。
ゆっくり上がっていくと思っていたわたしは目を剝いた…
あっという間に、線が二本になった。
未だ経験したことのない二本の線!
………
陽性だ…
想像もしなかった結果。
誰も見ていないのに検査キッドを隠そうとするわたし。
(体温を測ってみよう…)
思いついて、体温計を引っ張り出した。
ところが、体温計は電池切れ。
(線が二本になっている。体温なんかどうでもいいや…)
ちょっと破れかぶれ…
コロナに感染していると診断されたひとは、こんな気持を味わっていたのかと思った。
自分がなってみて初めて、そのやり場のない不安が現実のことになった。
新型コロナが初めて確認された2019年冬。
2020年になって世の中はコロナ一色に染まった。
そのときの混乱を思えば、今はずいぶん落ち着いている。
されど、コロナだ。
病院で処方された薬を飲んで、家族に感染させないための知恵を働かせて、静かに天井を眺めて過ごすことに…
熱のせいか、活字を読む気になれない。
やることもないわたしはひたすらテレビを眺めていた。
テレビでは停滞したり迷走したりの台風6号のニュースが延々と流れている。
那覇空港で足止めを食らって、家や職場に戻れない人が困り果てている。
何も考えずにただ眺めていたそんな風景の中にも、ひとりひとりの生活がそこにあるのだなあとぼんやり考えた。
テレビの向こう側にもわたしと同じように喜んだり悲しんだり、人生を精いっぱい生きている人がいる。そんなこと頭ではわかっているつもりだ。でも実は見えてないことっていっぱいあるんだろうな…