森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

素顔は知らないの

 

去年の春までは今とは全然違う仕事をしていた。

 

今は立ちっぱなしの仕事。体力が頼みの綱だけど、そのときは座ってパソコンと格闘する日々。毎朝、家を出る時は

(今日も一日、無事に乗り切れますように…)

なんて、ちょっと弱気なわたし。何故って頭の中はすっかり錆びついていたから必死だったよ!

(何とかなるでしょ!)

(えいっ!)

気合を入れて家を出ていた。

 

その職場では、四十代(たぶん…)の女の人といつも事務所に二人だけ。

少し離れた位置で向かい合って仕事をしていた。

出勤するとその日の仕事が机の上にてんこ盛り状態!

わたしの一日の勤務時間は四時間。お喋りしている暇はない。

パソコンに向かって黙々と入力していると、じぶんと違うひとがそばにいるのを一瞬忘れてしまうような職場だった。

 

その四十代(多分…)のひとは声がとっても魅力的。鼻にかかったような、そのくせ語尾が明確で聞いていて小気味良い。

魅力的なのは声だけじゃない。背中まで伸びた栗色の髪はふさふさと豊かで

(毎日洗うのは大変だろうなー…)

(美人さんは、そういうことを面倒とか思わないんだろうなー…)

 

わたしの頭の中でまさかそんなことを考えているなんて夢にも思わないであろう美人さんは、パソコンの画面を難しい顔で見つめている。

マスクで覆われているので、表情は分からない。



コロナの第3波から第5波のころだった。

毎日ニュースを見ては感染者数に一喜一憂していた。

もう身近なひとのだれが感染しても不思議ではない状況だった。

今よりもずっと警戒感が強い時期だったから、マスクを外すことはほとんどなかった。

 

というわけで、少しづつ話をするようになってからも、実はお互い相手の顔は見たことはないに等しかった。

 

ある日のこと。

その日は珍しく仕事を中断して、休憩をとることになった。

自動販売機からコーヒーを買ってくると

二人で同時にマスクを外した。

 

(……!)

(あれ…)

思っていた顔と違っていた!

…びっくりした!

別にびっくりするようなことでもないんだけど…

びっくりした。

 

思っていたとおり美人さんだった。

ただ…

わたしが想像していたのは、例えば…

長澤まさみみたいな…キリッと眼力があって、力強いというか。

ところが…

目の前で笑顔をみせているのは、キリッというよりは可愛らしい顔をした女性だった。

 

わたしったら何に驚いているんだろう。

人は自分が想像していたものを勝手に現実と思い込んで、それが違った時こんな風にショックを受けるんだろうか。

 

…ということは、わたしの顔も…

思っていたのとは全然違ってるかもしれない。

心のなかで

(あれー!)

って驚いているかな…

 

…なんだかちょっとこわい…