森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

アオハルの中の明くん

 

 

一ヶ月半が過ぎて、ようやくなんとか…なってきた。

仕事の話。

 

この歳になって新しい仕事はなかなか大変。

まず体が追っつかない。油断をすると大暴れする腰をなだめながら、もくもくと働く。



初日の仕事が終わって、帰り道。

あまりにきつくて、途中にある妹の家に寄り道した。

「……」

ソファーに崩れ落ちると、そのまま無言で庭の花を眺めた。心配そうに見守る妹。

やる気はあってもこんなことじゃ無理かもしれないなーと、ぼんやり考えた。

 

「ごめん!ごめん!もう大丈夫」

座り直すと、妹と雑談して帰宅した。

 

初日はそんな感じだったけど、少しづつ少しづつ体は慣れていった。

疲れは歳のせいだけではない。覚えなければならない仕事の内容や、一緒に働く従業員さんたちとの関係、どんどん年老いていく頭の中。

 

でもね…

なんだかんだとありますが、今日は嬉しい出来事があったのです。

 

わたしが作業している正面には大画面のテレビがあり、手を忙しく動かしていても、顔を上げるとテレビを見ることができる。

昔の映画だったり、カラオケだったり、若かりし頃の歌手の懐かしい歌だったり…

 

洗い物をしているわたしの耳に聞こえてきたのは…

(あれっ...!この声は…)

”白い野ばらを捧げる僕に…”

……

忘れもしない甘い声!

明くん…!

 

顔を上げると、『美しい十代』を歌う若い三田明がこちらを向いていた!

テレビを見つめて手が止まった。高校生のわたしが夢中になった懐かしい顔。



あっという間に高校生のわたしが蘇った。

太っちょで若くて元気で、そしていつも悩みを抱えていた。

あのころ、わたしは何を考え、どう生きていたんだっけ…

走馬灯のようにいろんな出来事が浮かんでは消えた。

長い長い物語を読んだような気がしたけど、その影像は一瞬のあいだのことだった。

我にかえり仕事に戻った。

聞こえてくる『美しい十代』を噛みしめた。

嬉しくて懐かしくて涙が出そうだった。

ご褒美が、突然棚の上から降ってきたようだった。

 

限界はいつ訪れるか分からないけど、もう少し頑張れるぞ!と思った嬉しい一日。

 

明くんはどんなふうに歳をとったかな…

今もあの甘いマスクと歌声で、往年のファンに希望を与えているのかな…