森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

百恵ちゃんのマイク

 

あと一日で新しい年が明ける。

カレンダーを取り替えながら、過ぎた一年を振り返る。

 

(あー!そうだった!)

今年は寅年。

わたしは年女だった!

(飛躍の年になるといいな…)

と年頭に思ったのが…すごい。

この歳で…

 

 

今年手に入れたもの

………

いや、手から離したもの

 

お酒をやめた。

歳とともに量は減ったけど、絶対にやめれないと思っていたのがお酒だった。

だって本当に大好きなんだもん。

でも、やめるのに悲壮な決心はいらなかった。

(やめよーっと)

そう決めた。

 

それから

ダンスをやめた。

と、言うと大層に聞こえるけど、歳をとってからの楽しみは先生の優雅で切れのあるダンスを見ることだった。もはやじぶんがどうのこうのではない。

スッと立っているその姿を目にするだけで

(練習に来た甲斐があった!)

と思った。

(でも、もう…じゅうぶんかな)

 

やめる気はないのに、できなくなったもの。

本に没頭すること。

「歳をとっても学ぶことはいっぱい!」

と、じぶんに発破(はっぱ)をかけて本屋に行っても、迷ったあげく買わなくなった。

 

生きていく上で、失いたくないもの目指したいものは目の前にゴロゴロ転がっていたはずなのに、いつの間にか見えなくなった。

(こんなことじゃ、いかん…)

(どうするかなー…)

(いい歳してんだから、もういいじゃないか…)

 

ぼんやり考えていて、唐突に浮かんだ映像に驚いてしまう。

なんでそんな映像が浮かんできたのかはわからない。

わたしとはなんのつながりもないことなのに…

 

それは何十年も前の、百恵ちゃんが芸能界を去った時の伝説のステージ。

マイクを置いて表舞台から静かに消えていく姿。

揺るがない決意を表す残されたマイク。

 

あれから何十年もの月日の中で、何度も何度も求められてついにカムバックはなかった。

決める…なんて悠長な表現ではない。

決意ということばがふさわしい。

 

目標がぼんやりとしか見えなくなっているわたしに

もういい歳なんだから、流れに逆らわずにゆらゆら行けばいいじゃない…

いやいや言い訳なんかしてんじゃないよ…

 

去るという決意と、去らない決意。

真逆だけど、同じことなのだ。

 

耳をすますと…

百恵ちゃんのマイクがささやいている気がした。

「決意するって、道を開いていくことだよ」