鬼ちゃんは昔の仕事の先輩。(菅田将暉じゃないよ。念のため)
先輩と言ってもわたしはその頃60代。鬼ちゃんは30代の後半だから、ずーっと年下の先輩。
デイサービスで介護の仕事と施設全般の管理を任されていた鬼ちゃんは、強面の顔とは裏腹に明るくて気の良い青年だった。
ある朝のこと、出勤すると待ちかねていた鬼ちゃんが
「ねえ、台所に入って何か気が付かない?」
「えーっ?何だろう?」
「台所がいつもと違う気がしない?」
「そうかなあ。何が違うんだろう。何か移動した?」
厨房で料理を作る仕事をしていたわたしは、野菜を洗ったり米を研いだりしながら台所を眺め回した。
鬼ちゃんは、書類に目を通しながら尚もしつこくわたしに食い下がる。
わからないなあ…
しびれを切らした鬼ちゃんは
「床を見て!綺麗になっているでしょ!」
と叫んだ。そう言われて、足元を見てみると
「あれまー!ピカピカだ!」
夕方誰もいない台所で、突然床磨きを思いついた鬼ちゃん。
磨き始めると、夢中になって時間を忘れてしまったらしい。はっと気がつけば、もう夜の帳(とばり)。
翌朝、あまりの美しさに台所に足を踏み入れるのを躊躇う(ためらう)わたしの姿を思い描いていた鬼ちゃんは、肩を落とした。
もの凄く頑張ったのに誰も気がついてくれない。そういうことってあるよね。
それが誰かの喜ぶ顔を見たくてしたときだと、
(あれれー……)
(どうしようかな…この気持)
こういう時、寂聴さんだと何と言うのかな?希林さんだったら何て言うかな?
と、いろいろ思いを巡らす。
ここはもう、静さんの『大人の流儀』でも本棚から出してみますか…