森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

最強助っ人の帰還

 

2006年

団地から一軒家に引っ越した。

”女ひとりと一匹”…ではなく、ひとり暮らしをしていた息子もいっしょ。

 

高校の卒業式の翌日に家を出てから六年が過ぎていた。

一人暮らしを始めた息子に待っていたのは、思い通りにいかない就活。

希望とやる気に満ちていたその表情は、会うたびに沈んでいった。

 

わたしは苦労が特別なことだとは思っていない。

誰もがみんな見えないところで、必死であえいでいたりするものだ。

息子を黙って見守った。

いくつものアルバイトで生計を立てていた息子が、ある日わたしに言った。

「ずっと大変だったんだね…」

 

自分の力で生きていくことの大変さに気がついたのなら

(有意義な六年だったねー)

と、拍手を贈りたい。

望んだ通りにいくとは限らないのも人生…だもん。

その日かけてもらったことばは、わたしの大切な宝物。



歳をとったら、ひとりで静かに暮らしていくの。

大好きな本を誰にも邪魔されず読みふけって…

そろそろご飯の支度をしなくちゃ…とかどうでもよくて

時間に追い回されず好きに過ごして…

そして

あれもこれもできなくなったら、どこかの施設に入って空を眺めて一日が過ぎていく…

これが、わたしの望んでいた未来予想図だったんだけど…

 

静かに暮らすのはもう少し先の夢になったけど、ワンちゃんとの暮らしは幸せを絵に書いたように実感できる。まん丸い瞳でじっと見つめられると、

「なんでも、お願い聞いちゃうよ!」

と、頬ずりしたくなる。

 

ただね、息子は大人になった分わたしにあれこれ指図する。

一人暮らしを経験したおかげで、洗濯も料理も掃除もやってしまう。

特に料理は上手になっていた。わたしの適当料理とは大違い。

貧乏暮らしの中で培った、安くて美味しいものの追求は無駄ではなかったね。

 

苦労の一片を学んだ息子はわたしにとって最強の助っ人となった。

せっかく帰還してくれたんだから、言われたことは黙って聞いとこーっと!

(これも、年長者の分別さ)