森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

お母さん、わたしはあなたの娘です

 

f:id:kiriri-nikki:20210620081746p:plain

 

施設に入っている母に久しぶりに会いに行った。

職員さんに両手を引かれた母が、ドアの向こうから現れた。前回会ったときよりまた一段と小さくなっていた。

 

「ほら、今日は嬉しい人が会いに来ていますよ」

マスクを無理やりさせられ

(母はもうマスクが何のためのものか理解できない)

かろうじて少しだけ開いている右目でわたしを確かめた。

 

 

「あらまー!これはこれは!えーっと誰やったかな?」

「誰でしょ?」

「うーんと、確か…妹だな」

「いいこと教えてあげましょうか。わたしは、あなたの娘です」

「えーっ!」

 

びっくりしているけど、顔がくしゃくしゃになるくらい嬉しそうに笑っている。

そう、母は自分との関係が分からなくなっても、わたしや妹が会いに来るのが嬉しくてたまらない。

 

コロナ禍の今は建物の中には入れてもらえない。玄関先のベンチに並んで座る。

直しても直してもずり落ちる母のマスクを直してあげながら話しかけるわたしに

「ところで、誰やったかねー?」

と繰り返す母。

 

孫の写真を見せると(母からするとひ孫になる)

「あらー可愛いねー。わたしと一緒に遊んでくれるかなあ」

友達だと思っているのね。

一年半前、生まれたばかりのひ孫を抱いて微笑んでいた母。わたしのことを娘と理解していたし、腕の中で眠っているのはひ孫だと分かっていた。

嬉しそうにじっと写真に見入ってる。

「今度連れてくるから、一緒に遊んでね」

 

仲良く会話しているようにみえるわたし達を

(全然噛み合わない会話をしているんだけど)

職員さんたちがドアの向こうでやさしく見守っていてくれる。

 

施設にお願いした時、もうこれで母と暮らすことは二度とないのだと、突きつけられた現実にことばが出なかった。母と二人で暮らしていた妹はもっと辛かっただろう。

 

母はどこまで理解していたのだろう。

 

「コロナが終息したら、もっともっとたくさん会いに来るからね。」

「うん、またきっと来てね」

 

迎えに来た職員さんに手を引かれ、母が振り返り振り返り微笑む。