ブラックコーヒーに目覚めたのは二十代のころ。
コーヒーは好きだったけどそれまで飲んでいたコーヒーは砂糖とミルクをたっぷり入れた甘い甘いやつ。
「美味しいコーヒー飲みに行こう」
と誘われても、甘いコーヒーでとっても満足していたわたしは
(ふーん…)
という程度の関心しかなかった。
前を通っても気がつかずに素通りしてしまいそうな店だった。
ドアを開けると正面にどんと据えられた焙煎機。
初めて見るその焙煎機に
(おーっ!)
店の中に漂うこの香り…
とりあえず席に座って店の中を眺めた。
白いカップに入れられたコーヒーが運ばれてきた。
「美味しい珈琲には砂糖もミルクもいりません」
コーヒーには砂糖とミルクが必需品…というわたしの常識が覆された瞬間。
(なるほどー…)
(確かにいらないわー…)
その時に珈琲の説明をしてくれたマスターの顔も忘れてしまった。
半世紀が過ぎて、店があった場所には違う建物が建っている。
珈琲の湯気の向こうに見えるのは、元気溌剌で未来を見ていたわたしの姿だ。
あの日からわたしはブラック珈琲を飲むようになった。