ある日のこと
妹がぶらりとやって来た。
「じゃがいもの芽が出てきたよ。猫除けの黒いやつ(名前は知らない)を外してあげないと、出てきたじゃがいもが全部網に引っかかって持っていかれるよ」
毎回来るたびに指南してもらうけど、野菜作りはほんとうに苦手。その都度言ってもらわないとダメなわたし。
グリンピースやアスパラガスにばらばらと肥料を捲いて、やっと家の中に入って来た。
「珈琲飲む?」
と、聞くと珍しく
「うん、飲もうかな」
と言うので、珈琲を入れて向かい合う。
顔を合わせると話題はいつも母のことになる。
施設に入っている母は、むかしは当たり前にできていたことが今は何もできない。このごろはむすめのわたし達が会いに行っても
「えーと、誰やったかな」
誰かは分からなくても大切な人とは思っているのは、その笑顔を見れば分かる。それだけで充分。
むかしは、口うるさい父から解放してあげようと、母を連れ出してよく旅行をした。そのころは姉もいた。運転するのは姉か妹。わたしと母はいつも後部座席に座っているだけの人だった。女だけの気楽な旅行。
「楽しかったねー!」
そんなことを思い出していると、二人して必ず涙目になるので忘れたふり。
話しているうちに、必ず笑ってしまうのは母の天然(てんねん)ばなし。
母は根っからのお嬢さま。することがわたし達とちょっと違う。
父に送られてきたお歳暮のお酒を
「こんな酒飲めるか」
と言っているのを聞いた母は立ち上がるとお酒を持って外に出た。いきなり溝にどぼどぼと流している。
「おい!おい!何をするんだ!」
「だって、飲めないと言ったから」
父はちょっと見栄を張りたかっただけなんだと思う。母は飲めないお酒を送ってくるなんて、大変捨てなくちゃ!と、なったらしい。
意味不明のことはほかにもたくさんある。そのひとつ。逆さま事件。
(妹の記憶)
父は桔梗の花が大好き。ある日知り合いから桔梗の苗を貰ってきた。何を思ったのか母はその桔梗を天地逆さまに植えた。父が激怒して母を怒鳴りつけたという。
逆さまに植えるなんて、どうしたらそんなことになるのかなあ?
(わたしの記憶)
桔梗ではなく大根の苗だった。逆さまに植えたのはいっしょ。父が
「あれは、何かのおまじないか?」
「えっ!何が?」
キョトンとする母。
激怒ではなく、ふに落ちない父は優しく母にたずねたのだった。
妹とわたしの記憶は違っていたけれど、どちらが正しいかなんてもう誰にも分らない。
(たぶん、四歳若い妹が正しいんだろうな)