森野きりりの漂流日記

容姿もダメ頭もよくない、おまけに性格も悪いと自分を否定することしかしなかった女の子が、人生の荒波の中で「いやいや何も取り柄がなくても大丈夫さー」ということに気が付いていく長い長いお話です

競争は得意ですか

  

 

長いこと勤めた会社を辞めて、次に働く会社を探していた時のこと。

履歴書を見たハローワークの職員さんは

「いろいろ経験をつんでいるから、すぐに決まりますよ!」

と太鼓判を押してくれた。

すっかり信用したわたしは、そのあとに続く面接不合格地獄に

(話がちがうよー!)

 

あせるわたし

ある日、新聞の広告に混じっている求人情報に目が止まった。

”ハウス栽培トマトの収穫・選果作業”

(トマトの収穫?)

(楽しいかも…)

やったことはないけど、応募してみよう!

 

二週間後、やっと合格をもらったわたしは張り切って巨大温室に向かった。

(きゃーっ!百人以上いるんじゃなかろうか…)

 

それぞれ十人くらいのグループに分けられて、

「はい、あなた達のグループはこの列ね」

収穫したトマトを入れる大きな籠を台車に積んで、いざ!出発!

 

専用のハサミで収穫して、台車を蹴りながら籠にトマトを入れていくだけ。

籠が一杯になったら、出発点に戻って新しい籠と入れ替えて収穫する。

その繰り返し。

 

最初はぎこちなかったけど、日にちが経つごとに動きもなめらかになってきた。

(うん!なかなかいい調子…)

それにしても、新鮮なトマトは何と幸せな気持ちにしてくれることよ。

目をハートマークにして収穫に励んだ。

 

仕事に慣れたころ、

わたしはふと、ある事に気がついた。

同じ時期に採用されて、仲良くなった人たちが何人かいるのだけど…

籠を満杯にして新しい籠に替えると、飛び出して行くのが…早い!

わたしが折り返してくる途中に、新しい籠にトマトを摘んでいる台車とすれ違うのだ。

(あれ!ずいぶん早いな…)

そのことに気がついたわたしはスピードアップすることにした。

なんとか追いつこうと目の色を変えた。

 

しかし、追いつけない!

更にスピードをあげた。でも、追いつけない!

休憩時間になると和気あいあいと話していたけれど、こころの中は

(なんで?なんでみんなは、あんなに早いんだろう。わたしってこういうの苦手じゃないのに…)

 

歴然たる現実を認めるしかない。

原因は何か…

自分が収穫している時のことを考えた。

 

(あっ!)

見とれている!

わたしはトマトに見とれている…

 

色がほどよい赤で、形が美しくて、求めている大きさのトマトを見ると

(まあ!なんて完璧なの!スンバラシイヨ!あなた!)

急いでいるのに、一瞬手が止まるのだ。

その一瞬一瞬が集まれば、競争に負けるのは当たり前のことだ。

だって、わたし以外のひとはトマトに見とれてなんかいませんもの。

 

原因が分かっても、どうすることもできない。

見とれてしまうのだ。

美しいトマトに。

(がんばったねー!あなた!完璧だよ)

と、つい手が止まる。

 

競争は苦手というより、競争する気がうすいのがわたしなのだ。

一秒を争えないひとは、ここでは生き残れない。

 

かくして契約更新とはならず、わずか三ヶ月でトマトの収穫の仕事は終了しました。