働くのを卒業したら、日がな一日テレビを見て過ごしたいと思っていた。
テレビの前にいるのはわたしひとり。
ひとりだけど、その背中は寂しそうではない。平和で静かな時間が流れているのがわかる後ろ姿。
見るのは刑事ドラマかお笑い番組。
刑事ドラマは必ず事件が解決することになっているから
「あー、よかった!」
と、すっきり。
お笑い番組はその名の通り、腹から笑えたらそれでいい。
ドラマやお笑い番組に相槌をうちながら
「あはは…」
と笑いながら暮らしていく。
テレビをながめるのに飽きたら、ひざの上の読みかけの本にもどる。
本を読むのに疲れたら、つけっぱなしのテレビをまたながめる。
テレビの前に座っているおばあちゃんは、六十代のわたし。
(なんて幸せな時代がやってきたのだろう…)
(ひとりで元気に暮らしていくのだから、健康だけには気をつけよう)
とか思いながら。
これは、四十代か五十代のころに描いていた未来予想図です。
ところが、いつの間にかわたしは七十代になった。
なんと、まだ働いている。
仕事を潔(いさぎよ)く卒業しているはずだったわたしは、当たり前のように身支度をして家を出る。
明日の自分と、一年後の自分、それからずっと将来の自分。
三つの未来を見据えながら生きていくんだと思っていた若いころ。
手のひらをじっと見つめて思うのは、いつも全力投球だった日々。
これはこれで悔いはない…
こたつで背中をまるめてテレビに守りをしてもらうのは、もう少しだけ後にしよう。